T:『十八史略』	曾先之
V:01:巻一
B:18:春秋戦国　趙


C:18:01:程嬰・杵臼

趙之先、本与秦同姓。
祖於蜚廉。有子季勝。
其後有造父者。事周穆王、以功封趙城。
由是為趙氏。
春秋時、有趙夙者、事晋。
夙生成子衰。衰生宣子盾。
人曰「趙衰冬日之日也。趙盾夏日之日也。冬日可愛、夏日可畏。」
盾生朔。大夫屠岸賈滅朔之族。
朔有遺腹子武。賈索之不得。
朔客程嬰公孫杵臼、相与謀曰「立孤与死孰難。」
嬰曰「死易、立孤難耳。」
杵臼曰「子為其難。」
杵臼取它児匿山中。
嬰出謬曰「与我千金、吾告趙氏孤処。」
賈喜。乃使人随嬰殺杵臼及孤。
而趙氏真孤在。
嬰後与武滅賈、竟立武而自殺、以下報宣孟及杵臼。

K:18:01:趙の先は、本、秦と同姓なり。蜚廉を祖とす。子季勝有り。其の後造父といふ者有り。周穆王に事へ、功を以て趙城に封ぜらる。是に由つて趙氏と為る。春秋の時、趙夙といふ者有り、夙、成子衰を生む。衰、宣子盾を生む。人曰はく、「趙衰は冬日の日なり。趙盾は夏日の日なり。冬日は愛すべく、夏日は畏すべし」と。盾、朔を生む。大夫屠岸賈、朔の族を滅ぼす。朔に遺腹の子武有り。賈之を索むれども得ず。朔の客、程嬰・公孫杵臼、相与に謀つて曰はく、「孤を立つると死すると孰れか難き」と。嬰曰はく、「死するは易く、孤を立つるは難きのみ」と。杵臼曰はく「子其の難きを為せ」と。杵臼、它の児を取つて山中に匿る。嬰出でて謬つて曰はく、「我に千金を与へば、吾趙氏の孤の処を告げん」と。賈喜ぶ。乃ち人をして嬰に随ひて杵臼及び孤を殺さしむ。而して趙氏の真の孤は在り。嬰後に武と賈を滅ぼし、竟に武を立てて自殺し、以て下、宣孟及び杵臼に報ず。


C:18:02:簡子鞅

武卒。号文子。
文子生景叔。景叔生簡子鞅。
簡子有臣、曰周舎。死。
簡子毎聴朝、不悦曰「千羊之皮、不如一狐之腋。諸大夫朝、徒聞唯唯。不聞周舎之鄂鄂也。」
簡子長子曰伯魯、幼曰無恤。
書訓戒之辞於二簡、以授二子曰「謹識之。」三年而問之。
伯魯不能挙其辞。求其簡已失之矣。
無恤誦其辞甚習。求其簡出諸懐中而奏之。
於是立無恤為後。

簡子使尹鐸為晋陽。
請曰「以為繭糸乎、以為保障乎。」
簡子曰「保障哉。」
尹鐸損其戸数。
簡子謂無恤曰「晋国有難、必以晋陽為帰。」
簡子卒、無恤立。是為襄子。
知伯求地於韓魏。皆与之。
求於趙。不与。
率韓魏之甲、以攻趙。
襄子出走晋陽。
三家囲灌之。城不浸者三板。
沈竈産鼃、民無叛意。
襄子陰与韓約、共敗知伯。滅知氏而分其地。
襄子漆知伯之頭、以為飲器。

K:18:02:武卒す。文子と号す。文子、景叔を生む。景叔、簡子鞅を生む。簡子臣有り、周舎と曰ふ。死す。簡子朝を聴く毎に、悦ばずして曰はく、「千羊の皮は、一狐の腋に如かず。諸大夫の朝する、徒、唯唯を聞くのみ。周舎の鄂鄂を聞かざるなり」と。簡子の長子を伯魯と曰ひ、幼を無恤と曰ふ。訓戒の辞を二簡に書して、以て二子に授けて曰はく「謹んで之を識せ」と。三年にして之を問ふ。伯魯其の辞を挙ぐる能はず。其の簡を求むれば已に之を失へり。無恤は其の辞を誦すること甚だ習ふ。其の簡を求むれば諸を懐中より出して之を奏す。是に於いて無恤を立てて後と為す。簡子、尹鐸をして晋陽を為めしむ。請うて曰はく、「以て繭糸を為さんか、以て保障を為さんか」と。簡子曰はく、「保障なるかな」と。尹鐸、其の戸数を損す。簡子無恤に謂いて曰はく、「晋国難有らば、必ず晋陽を以て帰を為せ」と。簡子卒し、無恤立つ。是を襄子と為す。知伯、地を韓・魏に求む。皆之を与ふ。趙に求む。与へず。韓・魏の甲を率ゐて、以て趙を攻む。襄子出でて晋陽に走る。三家囲んで之に灌ぐ。城浸さざる者三板なり。沈竈、鼃を産すれども、民に叛意無し。襄子陰かに韓と約し、共に知伯を敗り、知氏を滅ぼして其の地を分つ。襄子、知伯の頭に漆して、以て飲器と為す。


C:18:03:予譲

智伯之臣予譲、欲為之報仇。
乃詐為刑人、挟匕首、入襄子宮中塗厠。
襄子如厠心動。索之獲譲。
問曰「子不嘗事范中行氏乎。智伯滅之。子不為報讐、反委質於知伯。知伯死。子独何為報仇之深也。」
曰「范中行氏、衆人遇我。我故衆人報之。知伯国士遇我。我故国士報之。」
襄子曰「義士也。舎之。謹避而已。」
譲漆身為厲、呑炭為唖、行乞於市。其妻不識也。
其友識之曰「以子之才、臣事趙孟、必得近幸。子乃為所欲為、顧不易邪。何乃自苦如此。」
譲曰「不可。既委質為臣、又求殺之。是二心也。凡吾所為者極難耳。然所以為此者、将以愧天下後世、為人臣懐二心者也。」
襄子出。譲伏橋下。襄子馬驚。索之得譲。遂殺之。

K:18:03:智伯の臣予譲、之が為に仇を報ぜんと欲す。乃ち詐つて刑人と為り、匕首を挟み、襄子の宮中に入つて厠を塗る。襄子厠に如き、心動く。之を索めて譲を獲たり。問ひて曰はく、「子嘗て范・中行氏に事へざりしか。智伯之を滅ぼせり。子為に讐を報ぜず、反つて質を知伯に委す。知伯死す。子独り何為れぞ仇を報ずるの深きや」と。曰はく、「范・中行氏は、衆人もて我を遇す。我、故に衆人もて之に報ず。知伯は国士もて我を遇す。我、故に国士もて之に報ず」と。襄子曰はく、「義士なり。之を舎せ。謹んで避けんのみ」と。譲、身に漆して厲と為り、炭を呑んで唖と為り、行きて市に乞ふ。其の妻識らざるなり。其の友之を識りて曰はく、「子の才を以て趙孟に臣事せば、必ず近幸を得ん。子乃ち為さんと欲する所を為さば、顧ふに易からずや。何ぞ乃ち自ら苦むことの此くのごとくなる」と。譲曰はく、「不可なり。既に委を質して臣と為り、又之を殺さんことを求む。是れ二心なり。凡そ吾が為す所の者は極めて難きのみ。然れども此を為す所以の者は、将に以て天下後世、人臣と為つて二心を懐く者を愧ぢしめんとするなり」と。襄子出づ。譲、橋下に伏す。襄子の馬驚く。之を索めて譲を得たり。遂に之を殺す。


C:18:04:蘇秦（鶏口牛後）

襄子立伯魯之孫浣。是為献子。
献子生烈侯籍。
以周威烈王命為侯。
歴武公、敬侯、成侯至粛侯。
秦人恐喝諸侯求割地。
有洛陽人蘇秦遊説秦恵王不用。
乃往説燕文侯与趙従親。
燕資之、以至趙。
説粛侯曰「諸侯之卒、十倍於秦。并力西向、秦必破矣。為大王計、莫若六国従親、以擯秦。」
粛侯乃資之、以約諸侯。
蘇秦以鄙諺説諸侯曰「寧為鶏口無為牛後。」
於是六国従合。

K:18:04:1:秦人諸侯を恐喝して地を割かんことを求む。洛陽の人蘇秦なるもの有りて秦の恵王に遊説して用ひられず。乃ち往きて燕の文侯に説き趙と従親せしむ。燕之に資し、以つて趙に至らしむ。粛侯に説きて曰はく、「諸侯の卒、秦に十倍す。力を并せて西に向はば、秦必ず破れん。大王の為に計るに、六国従親して、以つて秦を擯くるに若くは莫し」と。粛侯乃ち之に資し、以つて諸侯に約せしむ。蘇秦鄙諺を以つて諸侯に説きて曰はく、「寧ろ鶏口と為るとも、牛後と為る無かれ」と。是に於いて六国従合す。

C:18:04:2:蘇秦

蘇秦者、師鬼谷先生。
初出遊、困而帰。妻不下機、嫂不為炊。
至是為従約長并相六国。
行過洛陽。車騎輜重、擬於王者。
昆弟妻嫂、側目不敢視。俯伏侍取食。
蘇秦笑曰「何前倨而後恭也。」
嫂曰「見季子位高金多也。」
秦喟然歎曰「此一人之身、富貴則親戚畏懼之、貧賎則軽易之。況衆人乎。使我有洛陽負郭田二頃、豈能佩六国相印乎。」
於是、散千金、以賜宗族朋友。
既定従約帰趙。粛侯封為武安君。
其後秦使犀首欺趙、欲敗従約。
斉魏伐趙。蘇秦恐去趙、而従約解。

K:18:04:2:蘇秦は、鬼谷先生を師とす。初め出遊し、困んで帰る。妻は機より下りず、嫂は為に炊がず。是に至つて従約の長と為り、六国に并せ相たり。行きて洛陽を過ぎたり。車騎輜重、王者に擬す。昆弟妻嫂、目を側でて敢へて視ず。俯伏して侍して食を取る。蘇秦笑ひて曰はく、「何ぞ前には倨りて後には恭しきや」と。嫂曰はく、「季子の位高く金多きを見ればなり」と。秦喟然として歎じて曰はく、「此れ一人の身、富貴なれば則ち親戚も之を畏懼し、貧賎なれば則ち之を軽易す。況んや衆人をや。我をして洛陽負郭の田二頃有らしめば、豈に能く六国の相印を佩びんや」と。是に於いて、千金を散じて、以つて宗族朋友に賜ふ。


C:18:05:藺相如（完璧帰朝）

粛侯子武霊王、胡服招騎射、略胡地、滅中山、欲南襲秦、不果。
伝子恵文王。
恵文嘗得楚和氏璧。
秦昭王、請以十五城易之。
欲不与畏秦強、欲与恐見欺。
藺相如願奉璧往。「城不入、則臣請完璧而帰。」
既至。秦王無意償城。
相如乃紿取璧、怒髪指冠、卻立柱下曰「臣頭与璧倶砕。」
遣従者懐璧、間行先帰、身待命於秦。
秦昭王賢而帰之。

K:18:05:趙の恵文王、嘗て楚の和氏の璧を得たり。秦の昭王、十五城を以つて之に易へんと請ふ。与へざらんと欲すれば、秦の強きを畏れ、与へんと欲すれば、欺かれんことを恐る。藺相如璧を奉じて往かんと願ふ。「城入らずんば、則ち臣請ふ璧を完うして帰らん」と。既に至る。秦王城を償ふに意無し。相如乃ち紿いて璧を取る。怒髪冠を指し、柱下に卻立して曰はく、「臣の頭は璧と倶に砕けん」と。従者をして璧を懐にして間行して先づ帰らしめ、身は命を秦に待つ。秦の昭王賢として之を帰す。


C:18:06:1:廉頗・藺相如（澠池之会）

秦王約趙王会澠池。相如従。
及飲酒、秦王請趙王鼓瑟。趙王鼓之。
相如復請秦王撃缶為秦声。秦王不肯。
相如曰「五歩之内、臣得以頚血濺大王。」
左右欲刃之。相如叱之。皆靡。
秦王為一撃缶。
秦終不能有加勝於趙。趙亦盛為之備。
秦不敢動。

K:18:06:秦王趙王に約して澠池に会す。相如従ふ。酒を飲むに及んで、秦王趙王に瑟を鼓せんことを請ふ。趙王之を鼓す。相如復た秦王に缶を撃ちて秦声を為さんことを請ふ。秦王肯ぜず。相如曰はく、「五歩の内、臣頚血を以つて大王に濺ぐを得ん」と。左右之を刃せんと欲す。相如之を叱す。皆靡く。秦王為に一たび缶を撃つ。秦終に加趙に勝ちを加ふる能はず。趙も亦盛んに之が備へを為す。秦敢へて動かず。

C:18:06:2:廉頗・藺相如（刎頚之交）

趙王帰、以相如為上卿。
在廉頗右。頗曰「我為趙将、有攻城野戦之功。相如素賤人。徒以口舌居我上。吾羞為之下。我見相如、必辱之。」
相如聞之、毎朝常称病、不欲与争列。
出望見、輒引車避匿。
其舎人皆以為恥。
相如曰「夫以秦之威、相如廷叱之、辱其群臣。相如雖駑、独畏廉将軍哉。顧念、強秦不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也。今両虎共闘、其勢不倶生。吾所以為此者、先国家之急、而後私讐也。」
頗聞之、肉袒負荊、詣門謝罪、遂為刎頚之交。

K:18:06:2:趙王帰るに、相如を以つて上卿と為す。廉頗の右に在り。頗曰はく、「我趙の将と為り、攻城野戦の功有り。相如は素賤人なり。徒だ口舌を以つて我が上に居る。吾之が下たるを羞づ。我相如を見ば、必ず之を辱めん」と。相如之を聞き、毎朝常に病と称して、与に列を争ふことを欲せず。出でて望見すれば、輒ち車を引き避け匿る。其の舎人皆以つて恥と為す。相如曰はく、「夫れ秦の威を以つてすら、相如之を廷叱して、其の群臣を辱しむ。相如駑なりと雖も、独り廉将軍を畏れんや。顧念するに、強秦の敢へて兵を趙に加へざるは、徒だ吾が両人の在るを以つてなり。今両虎共に闘はば、其の勢倶には生きざらん。吾此れを為す所以の者は、国家の急を先にして、私讐を後にするなり」と。頗之を聞き、肉袒して荊を負ひ、門に詣つて謝罪し、遂に刎頚の交を為す。


C:18:07:趙括（膠柱鼓瑟）

恵文王子孝成王立。
秦伐韓。韓上党降於趙。
秦攻趙。廉頗軍長平、堅壁不出。
秦人行千金為反間曰「秦独畏馬服君趙奢之子括為将耳。」
王使括代頗。
相如曰「王以名使括。若膠柱鼓瑟耳。括徒能読其父書、不知合変也。」
王不聴。括少学兵法、以天下莫能当。
与父奢言。不能難。然不以為然。
括母問故。奢曰「兵死地也。而括易言之。趙若将括、必破趙軍。」
及括将行、其母上書言「括不可使。」
括至軍。果為秦将白起所射殺。
卒四十万皆降、坑於長平。

恵文王の子孝成王立つ。秦韓を伐つ。韓の上党趙に降る。秦趙を攻む。廉頗長平に軍し、壁を堅うして出でず。秦人千金を行つて反間を為して曰はく、「秦独り馬服君趙奢の子括の将と為るを畏るるのみ」と。王括をして頗に代はらしむ。相如曰はく、「王名を以て括を使ふ。柱に膠して瑟を鼓するがごときのみ。括徒らに能く其の父の書を読んで、変に合ふを知らざるなり」と。王聴かず。括少きより兵法を学び、以へらく天下能く当るもの莫しと。父の奢と言ふ。難ずる能はず。然れども以て然りと為さず。括の母故を問ふ。奢曰はく、「兵は死地なり。而して括易く之を言ふ。趙若し括を将とせば、必ず趙の軍を破らん」と。括の将に行かんとするに及び、其の母上書して言ふ、「括使ふべからず」と。括軍に至る。果たして秦将白起の射殺する所と為る。卒四十万皆降り、長平に坑にせらる。


C:18:08:平原君・毛遂（錐処嚢中）

趙相平原君公子勝、食客常数千人。
客有公孫龍者。為堅白同異之弁。
秦攻趙邯鄲。平原君求救於楚。
択門下文武備具者二十人、与之倶。
得十九人、毛遂自薦。
平原君曰「士処世、若錐処嚢中。其末立見。今先生処門下三年、未有聞。」
遂曰「使遂得処嚢中、乃頴脱而出。非特末見而已。」
平原君乃以備数。十九人目笑之。
至楚定従。不決。
毛遂按剣歴階升曰「従之利害、両言而決耳。今日出而言、日中不決、何也。」
楚王怒叱曰「胡不下。吾与而君言。汝何為者。」
毛遂按剣而前曰「王所以叱遂、以楚国之衆也。今十歩之内、不得恃楚国之衆也。王之命懸於遂手。以楚之強、天下莫能当。白起小豎子耳。一戦而挙鄢郢、再戦而焼夷陵、三戦而辱王之先人。此百世之怨、趙之所羞。合従為楚、非為趙也。」
王曰「唯唯、誠如先生之言。謹奉社稷以従。」
遂曰「取鶏狗馬之血来。」
捧銅盤跪進曰「王当歃血而定従。次者吾君、次者遂。」
左手持盤、右手招十九人、歃血於堂下曰「公等碌碌。所謂因人成事者也。」
平原君定従帰曰「毛先生一至楚、使趙重於九鼎、大呂。」
以遂為上客。
楚将春申君救趙。
会魏信陵君亦来救趙。
大破秦軍邯鄲下。

K:18:08:趙の相平原君公子勝、食客常に数千人あり。客に公孫龍といふ者有り。堅白同異の弁を為す。秦、趙の邯鄲を攻む。平原君、救を楚に求む。門下の文武備具する者二十人を択び、之と倶にせんとす。十九人を得たり、毛遂自ら薦む。平原君曰はく「士の世に処るは、錐の嚢中に処るがごとし。其の末立ろに見はる。今先生、門下に処ること三年、未だ聞ゆること有らず」と。遂曰はく、「遂をして嚢中に処るを得しめば、乃ち頴脱して出でん。特に末の見はるるのみに非ず」と。平原君乃ち以て数に備ふ。十九人之を目笑す。
楚に至つて従を定む。決せず。毛遂剣を按じて歴階して升つて曰はく、「従の利害は、両言にして決せんのみ。今、日出でて言ひ、日、中にして決せざるは、何ぞや」と。楚王怒り叱して曰はく、「胡ぞ下らざる。吾而の君と言ふ。汝何為る者ぞ」と。毛遂剣を按じて前んで曰はく、「王の遂を叱する所以は、楚国の衆を以てなり。今十歩の内、楚国の衆を恃むを得ざるなり。王の命は遂の手に懸かれり。楚の強を以てせば、天下能く当たる莫し。白起は小豎子のみ。一戦して鄢・郢を挙げ、再戦して夷陵を焼き、三戦して王の先人を辱かしむ。此れ百世の怨み、趙の羞づる所なり。合従は楚の為にして、趙の為に非ざるなり」と。王曰はく、「唯唯、誠に先生の言のごとし。謹んで社稷を奉じて以て従はん」と。遂曰はく、「鶏狗馬の血を取りて来れ」と。銅盤を捧げ跪き進んで曰はく、「王当に血を歃つて従を定むべし。次は吾が君、次は遂」と。左手に盤を持ち、右手に十九人を招き、血を堂下に歃らしめて曰はく、「公等碌碌たり。所謂人に因つて事を成す者なり」と。平原君従を定めて帰り、曰はく「毛先生一たび楚に至り、趙をして九鼎、大呂よりも重からしむ」と。遂を以つて上客と為す。楚、春申君を将として趙を救ふ。会ヽ魏の信陵君も亦来つて趙を救ふ。大いに秦軍を邯鄲の下に破る。


C:18:09:悼襄王

孝成王子悼襄王立。
思復用廉頗為将。時頗奔在魏。
使人視頗。頗之仇郭開、与使者金令毀之。
頗見使者。一飯斗米肉十斤、被甲上馬、以示可用。
使者還曰「廉将軍尚善飯。然与臣坐頃之三遺矢矣。」
王以為老、遂不召。
楚人迎頗於魏。
頗為楚将無功。曰「我思用趙人。」
尋卒。
趙得李牧為将。先居北辺、破匈奴。
悼襄王子幽繆王遷立。
秦王政遣兵攻趙。
牧為大将敗之。
秦縦反間、言牧将反。
遷誅之。秦兵至虜遷。趙之七大夫、立趙嘉為王。
王于代。
秦進攻破嘉、遂滅趙為郡。

孝成王の子悼襄王立つ。復た廉頗を用ゐて将と為さんと思ふ。時に頗奔つて魏に在り。人をして頗を視しむ。頗の仇、郭開、使者に金を与へて之を毀らしむ。頗、使者を見る。一飯に斗米、肉十斤、甲を被つて馬に上り、以て用ふべきを示す。使者還りて曰はく、「廉将軍、尚ほ善く飯す。然れども臣と坐すること之を頃くにして三たび遺矢す」と。王以て老いたりと為し、遂に召さず。楚人、頗を魏に迎ふ。頗、楚の将と為り功無し。曰はく、「我趙人を用ゐんことを思ふ」と。尋いで卒す。趙、李牧を得て将と為す。先に北辺に居て、匈奴を破る。悼襄王の子、幽繆王遷立つ。秦王政、兵を遣して趙を攻む。牧大将と為つて之を敗る。秦、反間を縦つて、牧将に反せんとすと言ふ。遷之を誅す。秦兵至つて遷を虜にす。趙の七大夫、趙嘉を立てて王と為す。代に王たり。秦進み攻めて嘉を破り、遂に趙を滅ぼして郡と為す。