T:『史記』	司馬遷
V:001:巻第一（本紀）
B:001:五帝本紀第一


C:001:01:黄帝

黄帝者、少典之子。姓公孫、名曰軒轅。
生而神靈、弱而能言、幼而徇齊、長而敦敏、成而聡明。 
軒轅之時、神農氏世衰。諸侯相侵伐、暴虐百姓。而神農氏弗能征。
於是軒轅乃習用干戈、以征不享。諸侯咸来賓従。而蚩尤最為暴、莫能伐。
炎帝欲侵陵諸侯。諸侯咸帰軒轅。
軒轅乃修徳振兵、治五気、蓺五種、撫萬民、度四方、教熊羆貔貅貙虎、以与炎帝戦於阪泉之野。
三戦、然後得其志。蚩尤作乱、不用帝命。
於是黄帝乃徴師諸侯、与蚩尤戦於涿鹿之野、遂禽殺蚩尤。
而諸侯咸尊軒轅為天子。代神農氏。是為黄帝。 
天下有不順者、黄帝従而征之、平者去之。披山通道、未嘗寧居。
東至於海、登丸山、及岱宗。
西至於空桐、登雞頭。
南至於江、登熊、湘。
北逐葷粥、合符釜山、而邑於涿鹿之阿。
遷徙往来無常処、以師兵為営衛。官名皆以雲命、為雲師。置左右大監、監於万国。
萬国和、而鬼神山川封禅与為多焉。獲宝鼎、迎日推筴。挙風后、力牧、常先、大鴻以治民。
順天地之紀、幽明之占、死生之説、存亡之難。
時播百穀草木、淳化鳥獣虫蛾、旁羅日月星辰水波土石金玉、労勤心力耳目、節用水火材物。
有土徳之瑞、故号黄帝。
K:001:01:黄帝は少典の子なり。姓は公孫、名は軒轅と曰ふ。生まれて神霊、弱にして能く言ひ、幼にして徇斉、長じて敦敏、成りて聡明なり。軒轅の時、神農氏の世衰ふ。諸侯相侵し伐ち、百姓を暴虐す。而して神農氏征する能はず。是に於いて軒轅乃ち干戈を用ふることを習ひ、以て不享を征す。諸侯咸来りて賓従す。而して蚩尤最も暴を為すも、能く伐つもの莫し。炎帝諸侯を侵陵せんと欲す。諸侯皆軒轅に帰す。軒轅乃ち徳を修め兵を振へ、五気を治め、五種を蓺ゑ、万民を撫で、四方を度り、熊羆貔貅貙虎に教へ、以て炎帝と阪泉の野に戦ふ。三たび戦ひて、然る後其の志を得。蚩尤乱を作し、帝の命を用ひず。是に於いて黄帝乃ち師を諸侯に徴し、蚩尤と涿鹿の野に戦ひ、遂に蚩尤を禽殺す。而して諸侯咸軒轅を尊びて天子と為す。神農氏に代はる。是れを黄帝と為す。天下に順はざる者有れば、黄帝従つて之を征し、平げば之を去る。山を披きて道を通じ、未だ嘗て寧居せず。東は海に至り、丸山に登り、岱宗に及ぶ。西は空桐に至り、雞頭に登る。南は江に至り、熊・湘に登る。北は葷粥を逐ひ、符を釜山に合はせて、涿鹿の阿に邑す。遷徙往来して常処無く、師兵を以て営衛と為す。官の名は皆雲を以て命じ、雲師と為す。左右大監を置き、万国を監せしむ。万国和ぎ、而して鬼神山川の封禅は与して多なりと為す。宝鼎を獲、日を迎へ筴を推す。風后、力牧、常先、大鴻を挙げ、以て民を治めしむ。天地の紀、幽明の占、死生の説、存亡の難に順ふ。時に百穀草木を播き、鳥獣虫蛾を淳化し、日月、星辰、水波、土石、金玉を旁羅し、心力耳目を労勤し、水火材物を節用す。土徳の瑞有り、故に黄帝と号す。

C:001:01:2:黄帝崩ず

黄帝二十五子、其得姓者十四人。
黄帝居軒轅之丘、而娶於西陵氏之女、是為嫘祖。
嫘祖為黄帝正妃、生二子、其後皆有天下。
其一曰玄囂、是為青陽、青陽降居江水。其二曰昌意、降居若水。
昌意娶蜀山氏女、曰昌僕、生高陽、高陽有聖悳焉。
黄帝崩、葬橋山。其孫昌意之子高陽立、是為帝顓頊也。
K:001:01:2:黄帝二十五子あり、其の姓を得たる者十四人。黄帝、軒轅の丘に居りて、西陵氏の女を娶り、これを嫘祖となす。嫘祖は黄帝の正妃たり、二子を生む、其の後皆天下を有つ。其の一を玄囂と曰ふ、之を青陽と為す、青陽は降りて江水に居る。其の二を昌意と曰ふ、降りて若水に居る。昌意、蜀山氏の女を娶る、昌僕と曰ふ、高陽を生む、高陽、聖徳有り。黄帝崩ず、橋山に葬る。其の孫、昌意の子なる高陽立つ、是れを帝顓頊と為す。


C:001:02:帝顓頊

帝顓頊高陽者、黄帝之孫而昌意之子也。
静淵以有謀、疏通而知事、養材以任地、載時以象天、依鬼神以制義、治気以教化、潔誠以祭祀。
北至於幽陵、南至於交阯、西至於流沙、東至於蟠木。
動静之物、大小之神、日月所照、莫不砥属。
帝顓頊生子、曰窮蝉。顓頊崩。而玄囂之孫高辛立。是為帝嚳。
K:001:02:帝顓頊高陽は、黄帝の孫にして昌意の子なり。静淵にして以て謀有り、疏通にして事を知り、材を養ひて以て地に任じ、時を載ひて以て天に象り、鬼神に依りて以て義を制し、気を治めて以て教化し、潔誠にして以て祭祀す。北のかた幽陵に至り、南のかた交阯に至り、西のかた流沙に至り、東のかた蟠木に至る。動静の物、大小の神、日月の照す所、砥属せざるは莫し。帝顓頊子を生む、窮蝉と曰ふ。顓頊崩ず。而して玄囂の孫高辛立つ。是れを帝嚳と為す。


C:001:03:帝嚳高辛

帝嚳高辛者、黄帝之曾孫也。高辛父曰蟜極、蟜極父曰玄囂、玄囂父曰黄帝。
自玄囂与蟜極、皆不得在位、至高辛即帝位。
高辛於顓頊為族子。
高辛生而神霊、自言其名。普施利物、不於其身。
聰以知遠、明以察微、順天之義、知民之急、仁而威、惠而信、脩身天下服。
取地之財而節用之、撫教万民而利誨之、暦日月而迎送之、明鬼神而敬事之。
其色郁郁、其徳嶷嶷。其動也時、其服也士。
帝嚳漑執中而徧天下、日月所照、風雨所至、莫不従服。
帝嚳娶陳鋒氏女、生放勛。娶娵訾氏女、生摯。
帝嚳崩、而摯代立。帝摯立、不善。崩。而弟放勲立、是為帝堯。
K:001:03:帝嚳高辛は、黄帝の曾孫なり。高辛の父を蟜極と曰ひ、蟜極の父を玄囂と曰ひ、玄囂の父を黄帝と曰ふ。玄囂と蟜極とより、皆位に有るを得ず、高辛に至りて帝位に即く。高辛の顓頊に於ける族子たり。高辛生れて神霊なり、自ら其の名を言ふ。普く施して物を利し、其の身に於いてせず。聡にして以て遠きを知り、明にして以て微なるを察し、天の義に順ひ、民の急を知り、仁にして威あり、恵にして信あり、身を脩めて天下服す。地の財を取りてこれを節用し、万民を撫教して之を利誨し、日月を暦にして之を迎送し、鬼神を明らかにして之に敬事す。其の色は郁郁たり、其の徳は嶷嶷たり。其の動くや時あり、其の服や士なり。帝嚳、漑に中を執りて天下に徧く、日月の照す所、風雨の至る所、従服せざる莫し。帝嚳、陳鋒氏の女を娶り、放勛を生む。娵訾氏の女を娶り、摯を生む。帝嚳崩じて、摯代りて立つ。帝摯立ちて、不善なり。崩ず。而して弟放勲立つ、之を帝堯と為す。


C:001:04:堯帝

帝堯者放勲、其仁如天、其知如神。就之如日、望之如雲。
富而不驕、貴而不舒。
黄収純衣、彤車乗白馬。能明馴徳、以親九族。
九族既睦、便章百姓。百姓昭明、合和萬国。
乃命羲、和、敬順昊天、数法日月星辰、敬授民時。
分命羲仲、居郁夷、曰暘谷。敬道日出、便程東作。
日中、星鳥、以殷中春。其民析、鳥獣字微。 
申命羲叔、居南交。便程南為、敬致。日永、星火、以正中夏。其民因、鳥獣希革。
申命和仲、居西土。曰昧谷。敬道日入、便程西成。
夜中、星虚、以正中秋。其民夷易、鳥獣毛毨。
申命和叔、居北方、曰幽都。便在伏物。
日短、星昴、以正中冬。其民燠、鳥獣氄毛。
歳三百六十六日、以閏月正四時。信飭百官、衆功皆興。
K:001:04:帝堯は放勲、其の仁は天のごとく、その知は神のごとし。之に就くこと日のごとく、之を望むこと雲のごとし。富めども驕らず、貴けれども舒らず。黄収純衣、彤車にして白馬に乗る。能く馴徳を明らかにし、以て九族を親しむ。九族既に睦まじくして、百姓を便章す。百姓昭明にして、万国を合和す。乃ち羲、和に命じ、敬みて昊天に順ひ、日月星辰を数へ法り、敬みて民に時を授けしむ。分ちて羲仲に命じて、郁夷に居らしむ、暘谷と曰ふ。敬みて日の出づるを道き、東作を便程す。日は中、星は鳥、以て中春を殷す。其の民は析れ、鳥獣は字微す。申ねて羲叔に命じて、南交に居らしむ。南為を便程し、敬みて致す。日は永く、星は火、以て中夏を正す。その民は因り、鳥獣は希革す。申ねて和仲に命じて、西土に居らしむ。昧谷と曰ふ。敬みて日の入るを道き、西成を便程。夜は中、星は虚、以て中秋を正す。其の民は夷易し、鳥獣は毛毨す。申ねて和叔に命じて、北方に居らしむ。幽都と曰ふ。伏物を便在す。日は短く、星は昴、もって中冬を正す。其の民は燠まり、鳥獣は氄毛す。歳三百六十六日、閏月を以て四時を正す。信に百官を飭へ、衆功皆興る。

C:001:04:2:堯帝：舜の摂政

堯曰「誰可順此事。」放齊曰「嗣子丹朱開明。」
堯曰「吁、頑凶、不用。」堯又曰「誰可者。」讙兜曰「共工㫄聚布功、可用。」
堯曰「共工善言、其用僻。似恭漫天。不可。」
堯又曰「嗟、四嶽、湯湯洪水滔天、浩浩懐山襄陵、下民其憂、有能使治者。」皆曰「鯀可。」
堯曰「鯀負命毀族、不可。」嶽曰「异哉、試不可用而已。」
堯於是聴嶽用鯀。九歳功用不成。
堯曰「嗟、四嶽、朕在位七十載、汝能庸命、践朕位。」嶽応曰「鄙徳、忝帝位。」
堯曰「悉挙貴戚及疏遠隠匿者。」衆皆言於堯曰「有矜在民閒、曰虞舜。」
堯曰「然、朕聞之。其何如。」嶽曰「盲者子。父頑、母嚚、弟傲、能和以孝、烝烝治不至姦。」堯曰「吾其試哉。」
於是堯妻之二女、観其徳於二女。舜飭下二女於媯汭、如婦礼。堯善之。
乃使舜慎和五典、五典能従。
乃徧入百官、百官時序、賓於四門、四門穆穆、諸侯遠方賓客皆敬。
堯使舜入山林川沢、暴風雷雨、舜行不迷。
堯以為聖、召舜曰「女謀事至、而言可績三年矣。女登帝位。」
舜譲於徳、不懌。正月上日、舜受終於文祖。文祖者堯大祖也。
於是帝堯老、命舜摂行天子之政、以観天命。
舜乃在璿璣玉衡、以斉七政。
遂類於上帝、禋於六宗、望於山川、辯於羣神。揖五瑞、択吉月日、見四嶽諸牧、班瑞。
歳二月、東巡狩、至於岱宗、祡、望秩於山川。
遂見東方君長、合時月、正日、同律度量衡、脩五礼、五玉、三帛、二生、一死為摯、如五器、卒乃復。
五月、南巡狩、八月、西巡狩、十一月、北巡狩。皆如初。帰至於祖禰廟、用特牛礼。五歳一巡狩、羣后四朝。
徧告以言、明試以功、車服以庸。肇十有二州、決川。象以典刑、流宥五刑、鞭作官刑、扑作教刑、金作贖刑、眚烖過赦、怙終賊刑。欽哉、欽哉、惟刑之静哉。
讙兜進言共工、堯曰「不可。」而試之工師、共工果淫辟。
四嶽挙鯀治鴻水、堯以為不可、嶽彊請試之、試之而無功、故百姓不便。三苗在江淮荊州数為乱。
於是舜帰而言於帝、請流共工於幽陵、以変北狄、放驩兜於崇山、以変南蛮、遷三苗於三危、以変西戎、殛鯀於羽山、以変東夷、四辠而天下咸服。
K:001:04:2:堯曰く「誰か此の事に順ふべき」と。放斉曰く「嗣子丹朱開明なり」と。堯曰く「吁、頑凶なり、用ゐられず」と。堯又曰く「誰か可なる者ぞ」と。讙兜曰く「共工は㫄く聚めて功を布かん、用ゐるべし」と。堯曰く「共工は能く言へども、其の用ゐるや僻す。恭に似たれども天を漫る。不可なり」と。堯又曰く「嗟、四嶽、湯湯たる洪水天に滔り、浩浩として山を懐み陵に襄る、下民それ憂ふ、能く治めしむる者有らんや」と。皆曰く「鯀可なり」と。堯曰く「鯀は命に負き族を毀る、不可なり」と。嶽曰く「异げんかな、試みて用ゐるべからずんば而ち已めん」と。堯是に於いて岳に聴きて鯀を用ふ。九歳まで功用成らず。堯曰く「嗟、四岳、朕、位に在ること七十載、汝能く命を庸ふ、朕が位を践め」と。岳応へて曰く「鄙徳なり、帝位を忝しめん」と。堯曰く「悉く貴戚及び疏遠隠匿の者を挙げよ」と。衆皆堯に言ひて曰く「矜ありて民間に在り、虞舜と曰ふ」と。堯曰く「然り、朕も之を聞けり。其れ何如」と。岳曰く「盲者の子。父は頑に、母は嚚に、弟は傲なるも、能く和ぐるに孝を以てし、烝烝として治めて姦に至らしめず」と。堯曰く「吾、其れ試みんかな」と。是に於いて堯は之に二女を妻せ、其の徳の二女に於けるを観る。舜、二女を媯汭に飭へ下し、婦の礼のごとくす。堯、之を善みす。乃ち舜をして慎みて五典を和げしむ、五典能く従ふ。乃ち徧く百官に入らしむ、百官時れ序し、四門に賓せしむ、四門穆穆たり、諸侯、遠方の賓客、皆敬す。堯、舜をして山林・川沢に入らしむ、暴風・雷雨にも、舜行きて迷わず。堯もって聖となす、舜を召して曰く「女、事を謀る事至れり、而して言、績とすべきこと三年。女、帝位に登れ」と。舜、徳に譲り、懌ばず。正月上日、舜、終を文祖に受く。文祖とは堯の大祖なり。是に於いて帝堯老し、舜に命じて天子の政を摂行せしめ、以て天命を観る。舜乃ち璿璣玉衡を在かにし、以て七政を斉ふ。遂に上帝に類し、六宗に禋し、山川に望し、群神に弁す。五瑞を揖め、吉月日を択び、四岳、諸牧を見、瑞を班つ。歳の二月、東に巡狩し、岱宗に至り、祡し、山川を望秩す。遂に東方の君長を見、時月を合せ、日を正しうし、律度量衡を同じうし、五礼を修め、五玉、三帛、二生、一死を摯と為し、五器を如しうし、卒れば乃ち復す。五月、南に巡狩し、八月、西に巡狩し、十一月、北に巡狩す。皆初のごとし。帰りて祖禰の廟に至り、特牛の礼を用ふ。五歳に一たび巡狩し、群后四たび朝す。徧く告ぐるに言を以てし、明らかに試みるに功をもってし、車服は庸を以す。十有二州を肇め、川を決す。象するに典刑をもってし、流して五刑を宥し、鞭を官刑と作し、扑を教刑と作し、金を贖刑と作し、眚烖の過ちは赦し、怙終の賊をば刑す。欽めよや、欽めよや、惟れ刑を之れ静かにせんかな、と。讙兜、共工を進め言ふ、堯曰く「不可なり」と。而して之を工師に試む、共工果たして淫辟なり。四岳、鯀を挙げて鴻水を治めしめんとす、堯、以て不可と為す、岳、彊ひて之を試みんと請ふ、之を試みたれども功無し、故に百姓、便とせず。三苗、江、淮、荊州に在りて数乱を為す。是に於いて、舜帰りて帝に言ひ、請うて共工を幽陵に流し、以て北狄に変じ、驩兜を崇山に放ち、以て南蛮に変じ、三苗を三危に遷し、以て西戎に変じ、鯀を羽山に殛し、以て東夷に変ず、四辠して天下皆服す。

C:001:04:3:堯帝崩ず

堯立七十年得舜、二十年而老、令舜摂行天子之政、薦之於天。
堯辟位凡二十八年而崩。百姓悲哀、如喪父母。
三年、四方莫挙楽、以思堯。堯知子丹朱之不肖、不足授天下。
於是乃権授舜。授舜、則天下得其利、而丹朱病、授丹朱、則天下病而丹朱得其利。
堯曰「終不以天下之病而利一人。」而卒授舜以天下。
堯崩、三年之喪畢、舜譲辟丹朱於南河之南。
諸侯朝覲者不之丹朱而之舜、獄訟者不之丹朱而之舜、謳歌者不謳歌丹朱而謳歌舜。舜曰「天也夫。」
而後之中国践天子位焉、是為帝舜。
K:001:04:3:堯立ちて七十年にして舜を得、二十年にして老し、舜をして天子の政を摂行せしめ、之を天に薦む。堯、位を辟けて凡そ二十八年にして崩ず。百姓悲哀し、父母を喪ふがごとし。三年、四方、楽を挙ぐる莫く、以て堯を思ふ。堯、子の丹朱の不肖にして、天下を授くるに足らざるを知る。是に於いて乃ち権りて舜に授く。舜に授くれば、則ち天下その利を得て、丹朱病まん、丹朱に授くれば、則ち天下病みて丹朱其の利を得ん。堯曰く「終に天下の病を以て一人を利せじ」と。而して卒に舜に授くるに天下を以てす。堯崩じ、三年の喪畢はり、舜、譲りて丹朱を南河の南に辟く。諸侯の朝覲する者、丹朱に之かずして舜に之き、獄訟する者、丹朱に之かずして舜に之き、謳歌する者、丹朱を謳歌せずして舜を謳歌す。舜曰く「天なるかな」と。而して後、中国に之き、天子の位を践む、是れを帝舜となす。 


C:001:05:舜帝

虞舜者、名曰重華。
重華父曰瞽叟、瞽叟父曰橋牛、橋牛父曰句望、句望父曰敬康、敬康父曰窮蝉、窮蝉父曰帝顓頊、顓頊父曰昌意。以至舜七世矣。
自従窮蝉以至帝舜、皆微為庶人。
舜父瞽叟盲、而舜母死、瞽叟更娶妻而生象、象傲。
瞽叟愛後妻子、常欲殺舜。舜避逃。及有小過、則受罪。
順事父及後母与弟、日以篤謹、匪有解。 
舜、冀州之人也。舜耕歴山、漁雷澤、陶河濱、作什器於壽丘、就時於負夏。
舜父瞽叟頑、母嚚、弟象傲、皆欲殺舜。舜順適不失子道。兄弟孝慈、欲殺不可得。即求嘗在側。 
舜年二十以孝聞。三十而帝堯問可用者。四嶽咸薦虞舜曰「可。」
於是堯乃以二女妻舜、以観其内、使九男与処、以観其外。舜居媯汭、内行彌謹。堯二女不敢以貴驕事舜親戚、甚有婦道。堯九男皆益篤。舜耕歴山、歴山之人皆譲畔。漁雷沢、雷沢上人皆譲居。陶河浜、河濱器皆不苦窳。
一年而所居成聚、二年成邑、三年成都。 堯乃賜舜絺衣、与琴、為築倉廩、予牛羊。
瞽叟尚復欲殺之、使舜上塗廩、瞽叟従下縱火焚廩。舜乃以兩笠、自扞而下去、得不死。
後瞽叟又使舜穿井。舜穿井為匿空㫄出。舜既入深。瞽叟与象共下土実井。舜従匿空出去。
瞽叟、象喜、以舜為已死。象曰「本謀者象。」象与其父母分。於是曰「舜妻堯二女、与琴、象取之。牛羊倉廩予父母。」
象乃止舜宮居、鼓其琴。舜往見之。象鄂不懌曰「我思舜正鬱陶。」舜曰「然、爾其庶矣。」舜復事瞽叟愛弟彌謹。
於是堯乃試舜五典百官。皆治。
K:001:05:虞舜は、名は重華と曰ふ。重華の父は瞽叟と曰ひ、瞽叟の父は橋牛と曰ひ、橋牛の父は句望と曰ひ、句望の父は敬康と曰ひ、敬康の父は窮蝉と曰ひ、窮蝉の父は帝顓頊と曰ひ、顓頊の父は昌意と曰ふ。以て舜に至るまで七世なり。窮蝉より以て帝舜に至るまで、皆微にして庶人たり。舜の父瞽叟は盲にして、舜の母死し、瞽叟、更に妻を娶りて象を生む、象傲る。瞽叟、後妻の子を愛し、常に舜を殺さんと欲す。舜、避け逃る。小過あるに及べば、則ち罪を受く。父及び後母と弟とに順事すること、日に以て篤謹にして、解ること有らず。舜は冀州の人なり。舜、歴山に耕し、雷沢に漁し、河浜に陶し、什器を寿丘に作り、時に負夏に就く。舜の父瞽叟は頑に、母は嚚に、弟象は傲り、皆舜を殺さんと欲す。舜、順適して子道を失はず。兄弟孝慈、殺さんと欲すれども得べからず。即し求むれば嘗に側らにあり。舜、年二十にして孝を以て聞こゆ。三十にして帝堯、用ふべき者を問ふ。四岳、咸、虞舜を薦めて曰く「可なり」と。是に於いて堯乃ち二女を以て舜に妻せ、以て其の内を観、九男をして与に処らしめ、以て其の外を観る。舜、媯汭に居り、内行彌よ謹む。堯の二女、敢て貴きを以て舜の親戚に驕事せず、甚だ婦道有り。堯の九男皆益ゝ篤し。舜、歴山に耕す、歴山の人みな畔を譲る。雷沢に漁す、雷沢の上の人みな居を譲る。河浜に陶す、河浜の器みな苦窳せず。一年にして居る所聚を成し、二年にして邑を成し、三年にして都を成す。堯、乃ち舜に絺衣と琴とを賜ひ、為に倉廩を築き、牛羊を予ふ。瞽叟、尚ほ復た之を殺さんと欲し、舜をして上りて廩を塗らしめ、瞽叟下より火を縦ちて廩を焚く。舜、乃ち両笠を以て、自ら扞ぎ下り去り、死せざるを得たり。後、瞽叟又舜をして井を穿たしむ。舜、井を穿ち、匿空の旁出せるを為る。舜既に入ること深し。瞽叟、象とともに土を下し井に実たす。舜、匿空より出で去る。瞽叟・象喜び、舜をもってすでに死せりとなす。象曰く「本謀る者は象なり」と。象、その父母とともに分たんとす。是に於いて曰く、舜の妻なる堯の二女と琴とは象これを取らん。牛羊倉廩は父母に予へん」と。象乃ち舜の宮に止まり居りて、其の琴を鼓す。舜往きて之を見る。象、鄂として懌ばずして曰く「我舜を思ひ正に鬱陶たり」と。舜曰く「然り、爾其れ庶し」と。舜、復た瞽叟に事へ、弟を愛して彌よ謹めり。是に於いて、堯乃ち舜を五典百官に試む。皆治まれり。

C:001:05:2:舜帝：八愷八元

昔高陽氏有才子八人。世得其利、謂之八愷。
高辛氏有才子八人。世謂之八元。
此十六族者、世済其美、不隕其名至於堯。堯未能挙。
舜挙八愷、使主后土、以揆百事。莫不時序。挙八元、使布五教于四方。
父義、母慈、兄友、弟恭、子孝、内平外成。
K:001:05:2:昔、高陽氏に才子八人あり。世、その利を得、これを八愷という。高辛氏に才子八人あり。世、之を八元と謂ふ。此の十六族の者、世々其の美を済し、其の名を隕さずして堯に至る。堯、未だ挙ぐること能はず。舜、八愷を挙げ、后土を主らしめ、以て百事を揆る。時に序でざるは莫し。八元を挙げ、五教を四方に布かしむ。父は義、母は慈、兄は友、弟は恭、子は孝、内平かに外成る。

C:001:05:3:舜帝：四門辟く

昔帝鴻氏有不才子。掩義隱賊、好行凶慝。天下謂之渾沌。
少皞氏有不才子。毀信悪忠、崇飾悪言。天下謂之窮奇。
顓頊氏有不才子。不可教訓。不知話言。天下謂之檮杌。
此三族世憂之、至於堯。堯未能去。
縉雲氏有不才子。貪於飲食、冒於貨賄。天下謂之饕餮。天下悪之、比之三凶。
舜賓於四門、乃流四凶族、遷於四裔、以御螭魅。
於是四門辟。言毋凶人也。
K:C001:05:3:昔、帝鴻氏に不才子有り。義を掩ひ賊を隠し、好みて凶慝を行ふ。天下、之を渾沌という。少皞氏に不才子に有り。信を毀り忠を悪み、悪言を崇飾。天下、之を窮奇と曰ふ。顓頊氏に不才子有り。教訓すべからず。話言を知らず。天下、之を檮杌と謂ふ。此れ三族は世々之を憂へ、堯に至る。堯未だ去ること能はず。縉雲氏に不才子有り。飲食を貪り、貨賄を冒る。天下、之を饕餮と謂ふ。天下之を悪み、之を三凶に比す。舜、四門に賓し、乃ち四凶族を流して、四裔に遷し、以て螭魅を御ぐ。是に於いて四門辟く。凶人毋きを言ふなり。 

C:001:05:4:舜帝：人材登用

舜入於大麓、烈風雷雨不迷。堯乃知舜之足授天下。堯老、使舜摂行天子政、巡狩。
舜得挙用事二十年、而堯使摂政。摂政八年而堯崩。
三年喪畢、譲丹朱。天下帰舜。而禹、皐陶、契、后稷、伯夷、夔、龍、倕、益、彭祖、自堯時而皆挙用、未有分職。
於是舜乃至於文祖、謀於四嶽、辟四門、明通四方耳目。命十二牧「論帝徳、行厚徳、遠佞人、則蛮夷率服。」
舜謂四嶽曰「有能奮庸美堯之事者、使居官相事。」皆曰「伯禹為司空、可美帝功。」舜曰「嗟、然、禹、汝平水土。維是勉哉。」
禹拝稽首、譲於稷、契与皐陶。舜曰「然、往矣。」
舜曰「弃、黎民始飢、汝后稷播時百穀。」
舜曰「契、百姓不親。五品不馴。汝為司徒、而敬敷五教、在寛。」
舜曰「皐陶、蛮夷猾夏、寇賊姦軌。汝作士、五刑有服、五服三就、五流有度、五度三居。維明能信。」
舜曰「誰能馴予工。」皆曰「垂可。」於是以垂為共工。
舜曰「誰能馴予上下草木鳥獣。」皆曰「益可。」於是以益為朕虞。
益拝稽首、譲於諸臣朱虎、熊羆。
舜曰「往矣、汝諧。」
遂以朱虎、熊羆為佐。
舜曰「嗟、四嶽、有能典朕三礼。」皆曰「伯夷可。」
舜曰「嗟、伯夷、以汝為秩宗。夙夜維敬、直哉。維静絜。」
伯夷、譲夔龍。舜曰「然。以夔為典楽、教穉子。直而温、寛而栗、剛而毋虐、簡而毋傲。詩言意、歌長言、声依永、律和声。八音能諧、毋相奪倫、神人以和。」
夔曰「於、予撃石拊石、百獣率舞。」
舜曰「龍、朕畏忌讒説殄僞、振驚朕衆。命汝為納言。夙夜出入朕命、惟信。」
舜曰「嗟、女二十有二人、敬哉、惟時相天事。」
三歳一考功、三考絀陟。
遠近衆功咸興。分北三苗。
此二十二人咸成厥功。皐陶為大理平、民各伏得其実。
伯夷主礼、上下咸譲。垂主工師、百工致功。益主虞、山沢辟。弃主稷、百穀時茂。
契主司徒、百姓親和。龍主賓客、遠人至。十二牧行而九州莫敢辟違。
唯禹之功為大。披九山、通九沢、決九河、定九州。各以其職来貢、不失厥宜。
方五千里、至於荒服、南撫交阯、北発、西戎、析枝、渠廋、氐羌、北山戎、発、息慎、東長、鳥夷、四海之内咸戴帝舜之功。
於是禹乃興九招之楽、致異物、鳳皇来翔。
天下明徳、皆自虞帝始。
K:001:05:4:舜大麓に入り、烈風雷雨にも迷はず。堯乃ち舜の天下を授くるに足るを知る。堯老い、舜をして天子の政を摂行し、巡狩せしむ。舜、挙げらるるを得、事を用ふること二十年にして、堯、政を摂せしむ。政を摂すること八年にして堯崩ず。三年の喪畢り、丹朱に譲る。天下、舜に帰す。而して禹、皐陶、契、后稷、伯夷、夔、龍、倕、益、彭祖、堯時より皆挙用せられたれども、未だ分職あらず。是に於いて舜乃ち文祖に至り、四岳に謀り、四門を辟き、明らかに四方の耳目を通ず。十二牧に命ず「帝徳を論じ、厚徳を行ひ、佞人を遠ざくるときは、則ち蛮夷率ゐて服せん」と。 舜、四岳に謂ひて曰く「能く庸を奮にし、堯の事を美くする者有らば、官に居り、事を相けしめん」と。皆曰く「伯禹、司空とならば、帝の功を美くすべし」と。舜曰く「嗟、然り、禹、汝水土を平にせよ。維れ是れ勉めよや」と。禹拝稽首し、稷、契と皐陶とに譲る。舜曰く「然り、往けよ」と。舜曰く「弃、黎民始めて飢う、汝稷に后となり、時に百穀を播け」と。舜曰く「契、百姓親しまず。五品馴はず。汝司徒と為りて、敬みて五教を敷き、寛に在れ」と。舜曰く「皐陶、蛮夷、夏を猾り、寇賊姦軌あり。汝士と作り、五刑は服有り、五服は三就し、五流は度有り、五度は三居し、維れ明らかに能く信なれ」と。舜曰く、誰か能く予が工に馴はん」と。皆曰く「垂可なり」と。是に於いて垂を以て共工と為す。舜曰く「誰か能く予が上下の草木鳥獣に馴はん」と。皆曰く「益可なり」と。是に於いて益を以て朕が虞と為す。益、拝稽首し、諸臣、朱虎、熊羆に譲る。舜曰く「往け、汝諧げよ」と。遂に朱虎、熊羆を以て佐と為す。舜曰く「嗟、四岳、能く朕が三礼を典るもの有らんか」と。皆曰く「伯夷可なり」と。舜曰く「嗟、伯夷、汝を以て秩宗と為す。夙夜維れ敬み、直なれや。維れ静絜なれ」と。伯夷、夔龍に譲る。舜曰く「然り。夔を以て典楽と為し、稚子を教へしむ。直にして而も温、寛にして而も栗、剛にして而も虐する毋く、簡にして而も傲る毋し。詩は意を言ひ、歌は言を長くし、声は永きに依り、律は声を和す。八音能く諧ぎ、倫を相奪ふこと毋くんば、神人以て和せん」と。夔曰く「於、予、石を撃ち石を拊てば、百獣率ゐて舞はん」と。舜曰く「龍、朕、讒説の偽を殄ち、朕が衆を振驚するを畏忌す。汝に命じて納言と為す。夙夜朕が命を出入して、惟れ信なれ」と。舜曰く「嗟、女二十有二人、敬めよや、惟れ時れ天事を相けよ」と。三歳に一たび功を考へ、三考して絀陟す。遠近の衆功咸興る。三苗を分北す。此の二十二人、咸な厥の功を成す。皐陶、大理と為り平かに、民各の伏して其の実を得。伯夷、礼を主り、上下皆譲る。垂、工師を主り、百工功を致す。益、虞を主り、山沢辟く。弃、稷を主り、百穀時に茂る。契、司徒を主り、百姓親和す。龍、賓客主り、遠人至る。十二牧行きて、九州敢へて辟違するものなし。唯禹の功を大なりと為す。九山を披き、九沢を通じ、九河を決し、九州を定む。各その職を以て来貢し、其の宜しきを失はず。方五千里、荒服に至るまで、南は交阯、北発、西は戎、析枝、渠廋、氐羌、北は山戎、発、息慎、東は長、鳥夷を撫し、四海のうち、皆帝舜の功を戴く。是に於いて禹乃ち九招の楽を興し、異物を致し、鳳皇来たり翔る。天下徳を明らかにする、皆虞帝より始まる。

C:001:05:5:舜帝崩ず

舜、年二十以孝聞、年三十堯挙之、年五十摂行天子事。年五十八堯崩、年六十一代堯践帝位。
践帝位三十九年、南巡狩、崩於蒼梧之野。葬於江南九疑。是為零陵。
舜之践帝位、載天子旗、往朝父瞽叟。夔夔唯謹、如子道。
封弟象為諸侯。
舜子商均亦不肖。舜乃予薦禹於天。十七年而崩。
三年喪畢、禹亦乃譲舜子、如舜譲堯子。諸侯帰之。然後禹践天子位。
堯子丹朱、舜子商均、皆有彊土、以奉先祀。服其服、礼楽如之、以客見天子。天子弗臣、示不敢専也。 
自黄帝至舜禹、皆同姓。而異其国号、以章明徳。
故黄帝為有熊、帝顓頊為高陽、帝嚳為高辛、帝堯為陶唐、帝舜為有虞、帝禹為夏后。
而別氏、姓姒氏。契為商、姓子氏。弃為周、姓姫氏。
K:001:05:5:舜、年二十にして孝を以て聞え、年三十にして堯之を挙げ、年五十にして天子の事を摂行す。年五十八にして堯崩ず。年六十一にして堯に代りて帝位を践む。帝位を践むこと三十九年、南に巡狩し、蒼梧の野に崩ず。江南の九疑に葬る。是れを零陵と為す。舜、帝位を践むや、天子の旗を載せ、往きて父瞽叟に朝す。夔夔として唯だ謹み、子の道のごとくす。弟の象を封じて諸侯と為す。舜の子商均も亦不肖なり。舜乃ち予め禹を天に薦む。十七年にして崩ず。三年の喪畢はり、禹も亦乃ち舜の子に譲ること、舜の堯の子に譲れるがごとくす。諸侯之に帰す。然る後禹天子の位を践む。堯の子丹朱、舜の子商均、みな彊土を有ち、以て先祀を奉ず。其の服を服し、礼楽之くのごとくし、客を以て天子に見ゆ。天子、臣とせざるは、敢へて専らにせざるを示すなり。黄帝より舜、禹に至るまで、皆同姓なり。而して其の国号を異にし、以て明徳を章かにす。故に黄帝を有熊となし、帝顓頊を高陽となし、帝嚳を高辛と為し、帝堯を陶唐と為し、帝舜を有虞と為し、帝禹を夏后となす。而して氏を別つて、姓は姒氏。契を商と為す、姓は子氏。弃を周となす、姓は姫氏。


C:001:06:太史公言

太史公曰。
学者多稱五帝尚矣。然尚書独載堯以来。
而百家言黄帝、其文不雅馴。薦紳先生難言之。
孔子所傳宰予問五帝徳及帝繋姓、儒者或不伝。
余嘗西至空桐、北過涿鹿、東漸於海、南浮江淮矣。
至長老皆各往往称黄帝、堯、舜之処、風教固殊焉。
総之、不離古文者近是。
予観春秋国語、其発明五帝徳、帝繋姓章矣。
顧弟弗深考。其所表見皆不虚。書欠有間矣。
其軼乃時時見於他説。非好学深思、心知其意、固難為浅見寡聞道也。
余并論次、択其言尤雅者、故著為本紀書首。
K:001:06:太史公曰ふ。学者多く五帝を称すること尚し。然るに尚書は独り堯以来を載するのみ。而して百家の黄帝を言ふもの、その文雅馴ならず。薦紳先生之を言ふを難る。孔子の伝ふる所の宰予問五帝徳、及び帝繋姓は、儒者或は伝へず。余嘗て西のかた空桐に至り、北のかた涿鹿を過ぎ、東のかた海に漸り、南のかた江淮に浮かぶ。長老皆各ゝ往往黄帝、堯、舜を称するの処に至るに、風教固に殊なり。之を総ぶるに、古文を離れざる者是なるに近し。予『春秋』『国語』を観るに、其の五帝徳、帝繋姓を発明すること章かなり。顧ふに弟深く考えざるのみ。其の表見する所、皆虚ならず。書缺けて間あり。其の軼せるは乃ち時時他説に見ゆ。学を好み思ひを深くし、心に其の意を知るものに非ずんば、固に浅見、寡聞の為に道ひ難きなり。余、并せて論次し、其の言の尤も雅なる者を択び、故らに著はして本紀の書の首と為す。