T:『史記』	司馬遷
V:081:巻第八十一（列伝）
B:081:廉頗藺相如列伝第二十一


C:081:01:藺相如：完璧帰趙（一）

廉頗者、趙之良将也。
趙惠文王十六年、廉頗為趙将伐斉、大破之、取陽晋。拝為上卿、以勇聞於諸侯。
藺相如者、趙人也、為趙宦者令繆賢舎人。
趙惠文王時、得楚和氏璧。秦昭王聞之、使人遺趙王書、願以十五城請易璧。
趙王与大将軍廉頗諸大臣謀。欲予秦、秦城恐不可得、徒見欺。欲勿予、即患秦兵之来。
計未定、求人可使報秦者、未得。
宦者令繆賢曰「臣舎人藺相如可使。」
王問「何以知之。」対曰「臣嘗有罪、窃計欲亡走燕。臣舎人相如止臣、曰『君何以知燕王』。臣語曰『臣嘗従大王与燕王会境上、燕王私握臣手、曰願結友。以此知之、故欲往』。」
K:081:01:1:廉頗は、趙の良将なり。趙の惠文王十六年、廉頗趙の将と為り斉を伐ち、大いに之を破り、陽晋を取る。拝して上卿と為り、勇を以て諸侯に聞ゆ。藺相如は、趙人なり。趙の宦者令繆賢の舎人たり。趙の惠文王の時、楚の和氏の璧を得たり。秦の昭王之を聞き、人をして趙王に書を遺らしめ、願はくは十五城を以て璧に易へんと請ふ。趙王大将軍廉頗諸大臣と謀る。秦に予へんと欲すれば、秦の城恐らくは得べからずして、徒らに欺かれん。予ふる勿からんと欲せば、即ち秦兵の来らんことを患ふ。計未だ定まらず、人の秦に報ぜしむべき者を求むるに、未だ得ず。宦者令繆賢曰はく「臣の舎人藺相使すべし」と。王問ふ、「何を以てか之を知る」と。対へて曰はく「臣嘗て罪有り、窃かに計り燕に亡げ走らんと欲す。臣の舎人相如臣を止めて曰はく、『君何を以てか燕王を知る』と。臣語りて曰はく、『臣嘗て大王に従ひて燕王と境上に会するに、燕王私かに臣が手を握りて曰はく、『願はくは友を結ばん』と。此れを以て之を知る。故に往かんと欲す』」と。

相如謂臣曰「夫趙強而燕弱、而君幸於趙王、故燕王欲結於君。今君乃亡趙走燕、燕畏趙、其勢必不敢留君、而束君帰趙矣。君不如肉袒伏斧質請罪、則幸得脱矣。臣従其計、大王亦幸赦臣。臣窃以為其人勇士、有智謀、宜可使。」
於是王召見、問藺相如曰「秦王以十五城請易寡人之璧、可予不。」相如曰「秦強而趙弱、不可不許。」
王曰「取吾璧、不予我城、奈何。」相如曰「秦以城求璧而趙不許、曲在趙。趙予璧而秦不予趙城、曲在秦。均之二策、寧許以負秦曲。」
王曰「誰可使者。」相如曰「王必無人、臣願奉璧往使。城入趙而璧留秦。城不入、臣請完璧帰趙。」
趙王於是遂遣相如奉璧西入秦。
K:081:01:2:相如臣に謂ひて曰はく、『夫れ趙は強く燕は弱し、而うして君趙王に幸せらる。故に燕王君に結ばんと欲するなり。今君乃ち趙を亡げて燕に走る、燕は趙を畏るれば、其の勢ひ必ず敢へて君を留めず、而君を束ねて趙に帰さん。君如かず、肉袒して斧質に伏して罪を請はんには。則ち幸ひに脱するを得ん』と。臣其の計に従ふ。大王も亦幸ひに臣を赦せり。臣窃かに以為へらく、其の人勇士にして智謀有りと。宜しく使ひせしむべし」と。是に於いて王召し見て、藺相如に問ひて曰はく「秦王十五城を以て寡人の璧に易へんと請ふ、予ふべきや不や」と。相如曰はく「秦は強趙は弱し、許さざるべからず」と。王曰はく「吾が璧を取りて、我に城を予へずんば、奈何せん」と。相如曰はく「秦城を以て璧を求むるに趙許さずんば、曲は趙に在り。趙璧を予へふるを趙に城を予へずんば、曲は秦に在り。之の二策を均するに、寧ろ許して以て曲を秦に負せん」と。王曰はく「誰か使ひすべき者ぞ」と。相如曰はく「王必ず人無くんば、臣願はくは璧を奉じて往きて使ひせん。城趙に入らば璧は秦に留めん。城入らずんば、臣請ふ璧を完うして趙に帰らん」と。趙王是に於いて遂に相如をして璧を奉じて西して秦に入らしむ。


C:081:02:藺相如：完璧帰趙（二）

秦王坐章台見相如。相如奉璧奏秦王。
秦王大喜、伝以示美人及左右。左右皆呼万歳。
相如視秦王無意償趙城、乃前曰「璧有瑕、請指示王。」
王授璧、相如因持璧、卻立倚柱、怒髮上衝冠、謂秦王曰「大王欲得璧、使人発書至趙王。趙王悉召群臣議、皆曰『秦貪、負其強、以空言求璧、償城恐不可得』。議不欲予秦璧。臣以為布衣之交尚不相欺、況大国乎。且以一璧之故逆強秦之驩、不可。於是趙王乃齋戒五日、使臣奉璧、拝送書於庭。何者、厳大国之威以修敬也。今臣至、大王見臣列観、礼節甚倨、得璧、伝之美人、以戯弄臣。臣観大王無意償趙王城邑、故臣復取璧。大王必欲急臣、臣頭今与璧倶砕於柱矣。」
相如持其璧睨柱、欲以撃柱。
K:081:02:1:秦王章台に坐して相如を見る。相如璧を奉じて秦王に奏む。秦王大いに喜、伝へて以て美人及び左右に示す。左右皆万歳を呼ぶ。相如秦王の趙の城を償ふに意無きを視、乃ち前みて曰はく「璧に瑕有り、請ふ王に指示せん」と。王璧を授くるに、相如因りて璧を持ち、卻立して柱に倚り、怒髮上りて冠を衝き、秦王に謂ひて曰はく「大王璧を得んと欲し、人を使はし書を発して趙王に至らしむ。趙王悉く群臣を召して議するに、皆曰はく、『秦は貪にして、其の強きを負み、空言を以て璧を求め、償城恐らくは得べからず』と。議秦に璧を予ふるを欲せず。臣以為へらく布衣の交はりすら尚ほ相欺かず、況んや大国をや。且つ一璧の故を以て強秦の驩に逆らふは、不可なりと。是に於いて趙王乃ち齋戒すること五日、臣をして璧を奉じ、拝して書を庭に送らしむ。何となれば、大国の威を厳れて以て敬を修むればなり。今臣至るに、大王臣列観に見、礼節甚だ倨り、璧を得るや、美人に伝へ、以て弄臣に戯る。臣大王の趙王に城邑を償ふに意無きを観、故に臣復た璧を取る。大王必ず臣を急にせんと欲せば、臣の頭今璧と倶に柱に砕けん」と。相如其の璧を持ち柱を睨み、以て柱に撃たんと欲す。

秦王恐其破璧、乃辞謝固請、召有司案図、指従此以往十五都予趙。
相如度秦王特以詐詳為予趙城、実不可得。
乃謂秦王曰「和氏璧、天下所共伝宝也、趙王恐、不敢不獻。趙王送璧時、齋戒五日、今大王亦宜齋戒五日、設九賓於廷、臣乃敢上璧。」
秦王度之、終不可強奪。遂許齋五日、舎相如広成伝。
相如度秦王雖齋、決負約不償城、乃使其従者衣褐、懐其璧、従径道亡、帰璧于趙。
秦王齋五日後、乃設九賓礼於廷、引趙使者藺相如。
相如至、謂秦王曰「秦自繆公以来二十余君、未嘗有堅明約束者也。臣誠恐見欺於王而負趙、故令人持璧帰、間至趙矣。且秦強而趙弱、大王遣一介之使至趙、趙立奉璧来。今以秦之強而先割十五都予趙、趙豈敢留璧而得罪於大王乎。臣知欺大王之罪當誅。臣請就湯鑊。唯大王与群臣孰計議之。」
秦王与群臣相視而嘻。
K:081:02:2:秦王其の璧を破らんことを恐れ、乃ち辞謝して固く請ひ、有司を召して図を案じ、指して此れより以往十五都を趙に予へんと。相如秦王特だ詐詳して以て趙に城を予ふるを為し、実は得べからざらんと度る。乃ち秦王に謂ひて曰はく「和氏の璧は、天下の共に伝へて宝とする所なり、趙王恐れ、敢へて獻ぜずんばあらず。趙王璧を送る時、齋戒すること五日なり、今大王も亦た宜しく齋戒五日、九賓を廷に設くべし。臣乃ち敢へて璧を上らん」と。秦王之を度るに、終に強ひて奪ふべからずと。遂に許し齋すること五日、相如を広成伝に舎せしむ。相如秦王齋すと雖も、決ず約に負き城を償はざらんと度り、乃ち其の従者をして褐を衣、其の璧を懐き、径道より亡げて、璧を趙に帰らしむ。秦王齋すること五日の後、乃ち九賓の礼を廷に設けて、趙の使者藺相如を引く。相如至り、秦王に謂ひて曰はく「秦は繆公より以来二十余君、未だ嘗て約束を堅明にせし者有らざるなり。臣誠に王に欺かれて趙に負かれんことを恐れ、故に人をして璧を持ち帰り、間かに趙に至らしむ。且つ秦は強く趙は弱し、大王一介の使を遣り趙に至らしめば、趙立ちどころに璧を奉じて来らん。今秦の強きを以て先づ十五都を割き趙に予へば、趙豈に敢へて璧を留め罪を大王に得んや。臣大王を欺くの罪當に誅せらるべきを知る。臣請ふ湯鑊に就かん。唯だ大王群臣と孰々之を計議せよ」と。秦王群臣と相視て嘻く。

C:081:02:3:藺相如：完璧帰趙（三）

左右或欲引相如去、秦王因曰「今殺相如、終不能得璧也、而絶秦趙之驩。不如因而厚遇之、使帰趙。趙王豈以一璧之故欺秦邪。」
卒廷見相如、畢礼而帰之。
相如既帰、趙王以為賢大夫使不辱於諸侯、拝相如為上大夫。
秦亦不以城予趙、趙亦終不予秦璧。
其後秦伐趙、抜石城。明年、復攻趙、殺二万人。
K:081:02:3:左右或いは相如を引き去らんと欲す、秦王因りて曰はく「今相如を殺すとも、終に璧を得る能はずして、而も秦趙の驩を絶たん。如かず因りて厚く之を遇して、趙に帰らしめんには。趙王豈に一璧の故を以て秦を欺かんや」と。卒に相如を廷見し、礼を畢りて之を帰す。相如既に帰り、趙王以為へらく賢大夫にして使ひして諸侯に辱められずと。相如を拝して上大夫と為す。秦も亦た城を以て趙に予へず、趙も亦た終に秦に璧を予へず。其の後秦趙を伐ち、石城を抜く。明年、復た趙を攻め、二万人を殺す。


C:081:03:藺相如：澠池之会

秦王使使者告趙王、欲与王為好会於西河外澠池。趙王畏秦、欲毋行。
廉頗、藺相如計曰「王不行、示趙弱且怯也。」
趙王遂行、相如従。廉頗送至境、与王訣曰「王行、度道里会遇之礼畢、還、不過三十日。三十日不還、則請立太子為王。以絶秦望。」
王許之、遂与秦王会澠池。
秦王飲酒酣、曰「寡人窃聞趙王好音、請奏瑟。」
趙王鼓瑟。秦御史前書曰「某年月日、秦王与趙王会飲、令趙王鼓瑟。」
藺相如前曰「趙王窃聞秦王善為秦声、請奉盆缻秦王、以相娯楽。」
秦王怒、不許。於是相如前進缻、因跪請秦王。秦王不肯撃缻。
相如曰「五歩之内、相如請得以頸血濺大王矣。」
左右欲刃相如、相如張目叱之、左右皆靡。
於是秦王不懌、為一撃缻。相如顧召趙御史書曰「某年月日、秦王為趙王撃缻。」
秦之群臣曰「請以趙十五城為秦王壽。」
藺相如亦曰「請以秦之咸陽為趙王壽。」
秦王竟酒、終不能加勝於趙。趙亦盛設兵以待秦、秦不敢動。
K:081:03:秦王使者をして趙王に告げしめ、王と好を為し西河の外澠池に会せんと欲す。趙王秦を畏れ、行くこと毋からしめんと欲す。廉頗、藺相如計りて曰はく「王行かずんば、趙の弱くして且つ怯なるを示すなり」と。趙王遂に行き、相如従ふ。廉頗送りて境に至り、王と訣して曰はく「王行き、道里を度るに会遇の礼畢はりて、還るまでに、三十日を過ぎざらん。三十日にして還らずんば、則ち請ふ太子を立てて王と為さんと。以て秦の望みを絶たん」と。王之を許し、遂に秦王と澠池に会す。
秦王酒を飲み酣にして、曰はく「寡人窃かに趙王の音を好むと聞く、請ふ瑟を奏せよ」と。趙王瑟を鼓す。秦の御史前みて書して曰はく「某年月日、秦王趙王と会飲し、趙王をして瑟を鼓せしむ」と。藺相如前みて曰はく「趙王窃かに秦王の善く秦声を為すと聞く、請ふ盆缻を秦王に奉じ、以て相娯楽せん」と。秦王怒り、許さず。是に於いて相如前みて缻を進め、因りて跪きて秦王に請ふ。秦王缻を撃つことを肯ぜず。相如曰はく「五歩の内、相如請ふ頸血を以て大王に濺ぐことを得ん」と。左右相如を刃せんと欲するに、相如目を張りて之を叱し、左右皆靡く。是に於いて秦王懌ばざるも、為に一たび缻を撃つ。相如顧みて趙の御史を召して書せしめて曰はく「某年月日、秦王趙王の為に缻を撃つ」と。秦の群臣曰はく「請ふ趙の十五城を以て秦王に壽を為せ」と。藺相如も亦た曰はく「請ふ秦の咸陽を以て趙王の壽を為せ」と。秦王酒を竟はるまで、終に趙に勝ちを加ふる能はず。趙も亦た盛んに兵を設けて以て秦を待ち、秦敢へて動かず。


C:081:04:廉頗：刎頸之交

既罷帰国。以相如功大、拝為上卿。位在廉頗之右。
廉頗曰「我為趙将、有攻城野戦之大功。而藺相如徒以口舌為労、而位居我上。且相如素賤人。吾羞、不忍為之下。」宣言曰「吾見相如、必辱之。」
相如聞、不肯与会。相如毎朝時、常称病、不欲与廉頗争列。已而相如出、望見廉頗、相如引車避匿。
K:081:04:1:既に罷りて国に帰る。相如の功の大なるを以つて、拝して上卿と為す。位は廉頗の右に在り。廉頗曰はく「我趙の将と為り、攻城野戦の大功有り。而るに藺相如は徒だ口舌を以つて労と為し、而も位は我が上に居る。且つ相如は素賤人なり。吾羞ぢて、之が下と為るに忍びず。」と。宣言して曰はく「吾相如を見ば、必ず之を辱めん。」と。相如聞き、与に会するを肯ぜず。相如朝時する毎に、常に病と称し、廉頗と列を争ふことを欲せず。已にして相如出でて、廉頗を望見すれば、相如車を引きて避け匿る。

於是、舎人相与諌曰「臣所以去親戚而事君者、徒慕君之高義也。今、君与廉君同列。廉君宣悪言、而君畏匿之、恐懼殊甚。且庸人尚羞之、況於将相乎。臣等不肖。請辞去。」
藺相如固止之曰「公之視廉将軍、孰与秦王。」曰「不若也。」相如曰「夫以秦王之威、而相如廷叱之、辱其群臣。相如雖駑、独畏廉將軍哉。顧吾念之、強秦之所以不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也。今両虎共闘、其勢不倶生。吾所以為此者、以先国家之急、而後私讎也。」
K:081:04:2:是に於いて、舎人相与に諫めて曰はく「臣の親戚を去りて君に事ふる所以の者は、徒だ君の高義を慕へばなり。今、君廉君と列を同じくす。廉君悪言を宣ぶるに、君畏れて之より匿れ、恐懼すること殊に甚だし。且つ庸人すら尚之を羞づ、況んや将相に於いてをや。臣等不肖なり。請ふ辞して去らん。」と。藺相如固く之を止めて曰はく「公の廉将軍を視ること、秦王に孰与れぞ。」と。曰はく「若かざるなり。」と。相如曰はく「夫れ秦王の威を以つてするも、相如之を廷叱し、其の群臣を辱む。相如駑なりと雖も、独り廉将軍を畏れんや。顧だ吾之を念ふに、強秦の敢へて兵を趙に加へざる所以の者は、徒だ吾が両人の在るを以つてなり。今両虎共に闘はば、其の勢ひ倶には生きざらん。吾の此を為す所以の者は、国家の急を先にして、後私讎を後にするを以つてなり。」と。

廉頗聞之、肉袒負荊、因賓客、至藺相如門、謝罪曰「鄙賤之人、不知将軍寛之至此也。」
卒相与驩、為刎頚之交。
是歳、廉頗東攻斉、破其一軍。居二年、廉頗復伐斉幾抜之。後三年、廉頗攻魏之防陵安陽抜之。後四年、藺相如将而攻斉、至平邑而罷。其明年、趙奢破秦軍閼与下。
K:081:04:3:廉頗之を聞き、肉袒して荊を負ひ、賓客に因り、藺相如の門に至りて、謝罪して曰はく「鄙賤の人、不知将軍寛なることの此に至れるを知らざるなり。」と。卒に相与に驩び、刎頚の交はりを為す。是の歳、廉頗東のかた斉を攻め、其の一軍を破る。居ること二年、廉頗復た斉の幾を伐ち之を抜く。後三年、廉頗魏の防陵、安陽を攻めて之を抜く。後四年、藺相如将として斉を攻め、平邑に至りて罷む。其の明年、趙奢秦の軍を閼与の下に破る。


C:081:05:趙奢

趙奢者、趙之田部吏也。収租税而平原君家不肯出租、奢以法治之、殺平原君用事者九人。平原君怒、将殺奢。
奢因説曰「君於趙為貴公子、今縦君家而不奉公則法削。法削則国弱、国弱則諸侯加兵、諸侯加兵是無趙也、君安得有此富乎。以君之貴、奉公如法則上下平、上下平則国強、国強則趙固、而君為貴戚、豈軽於天下邪。」
平原君以為賢、言之於王。王用之治国賦、国賦大平、民富而府庫実。
K:081:05:1:趙奢は、趙の田部の吏なり。租税を収むるに、平原君の家、租を出だすを肯ぜず。奢法を以て之を治め、平原君の事を用ゐる者九人を殺す。平原君怒り、将に奢を殺さんとす。奢因りて説きて曰はく「君は趙に於いて貴公子たり、今君の家を縦して公に奉ぜずんば、則ち法削されん。法削されば則ち国弱し、国弱くんば則ち諸侯兵を加へん、諸侯兵を加へば是れ趙無からん。君安くんぞ此の富を有するを得んや。君の貴きを以てして、公に奉ずること法のごとくせば、則ち上下平らかならん、上下平らかならば則ち国強し、国強くんば則ち趙固くして、君貴戚たり。豈に天下に軽んぜられんや」と。平原君以て賢と為し、之を王に言ふ。王之を用ひ、国賦を治めしむ。国賦大だ平らかに、民富みて府庫実つ。

秦伐韓、軍於閼与。
王召廉頗而問曰「可救不。」対曰「道遠険狭、難救。」
又召楽乗而問焉、楽乗対如廉頗言。
又召問趙奢。奢対曰「其道遠険狭、譬之猶両鼠闘於穴中、将勇者勝。」王乃令趙奢将、救之。
兵去邯鄲三十里、而令軍中曰「有以軍事諫者死。」
秦軍軍武安西、秦軍鼓譟勒兵、武安屋瓦尽振。
軍中候有一人言急救武安、趙奢立斬之。堅壁、留二十八日不行、復益増塁。
秦間来入、趙奢善食而遣之。
間以報秦将、秦将大喜曰「夫去国三十里而軍不行、乃増塁、閼与非趙地也。」
K:081:05:2:秦韓を伐ち、閼与に軍す。王廉頗を召して問ひて曰はく「救ふべきや不や」と。対へて曰はく「道遠くして険狭、救ひ難し」と。又楽乗を召して問ふ、楽乗対ふること廉頗の言のごとし。又召して趙奢に問ふ。奢対へて曰はく「其の道遠くして険狭なり、之を譬へば猶両鼠の穴中に闘ふがとし。将勇なる者勝たん」と。王乃ち趙奢をして将とし、之を救はしむ。兵邯鄲を去ること三十里、軍中に令して曰はく「軍事を以て諫むる者有らば死せん」と。秦軍武安の西に軍す、秦軍鼓譟して兵を勒し、武安の屋瓦尽く振るふ。軍中候一人有り、急に武安を救へと言ふ。、趙奢立ちどころに之を斬る。壁を堅くして留まり、二十八日行かず、復た塁を益増す。秦の間来り入るに、趙奢善く食はしめて之に遣る。間以て秦の将に報ず、秦の将大いに喜びて曰はく「夫れ国を去ること三十里にして軍行かず、乃ち塁を増す、閼与は趙の地に非ざらん」と。

趙奢既已遣秦間、乃巻甲而趨之、二日一夜至。今善射者去閼与五十里而軍。
軍塁成、秦人聞之、悉甲而至。
軍士許歴請以軍事諫、趙奢曰「内之。」
許歴曰「秦人不意趙師至此、其来気盛、将軍必厚集其陣以待之。不然、必敗。」趙奢曰「請受令。」
許歴曰「請就鈇質之誅。」趙奢曰「胥後令邯鄲。」
許歴復請諫、曰「先據北山上者勝、後至者敗。」
趙奢許諾、即発万人趨之。秦兵後至、争山不得上、趙奢縦兵撃之、大破秦軍。
秦軍解而走、遂解閼与之囲而帰。
趙惠文王賜奢号為馬服君、以許歴為国尉。趙奢於是与廉頗、藺相如同位。
K:081:05:3:趙奢既に已に秦の間を遣り、乃ち甲を巻て之に趨き、二日一夜至る。今善く射る者をして閼与を去ること五十里にして軍せしむ。軍塁成る、秦人之を聞き、甲を悉くして至る。軍士許歴軍事を以て諫めんことを請ふ、趙奢曰はく「之を内れよ」と。許歴曰はく「秦人趙師の此に至るを意はず、其の来たるや気盛んならん。将軍必ず厚く其の陣を集めて以て之を待て。然らずんば、必ず敗れん」と。趙奢曰はく「請ふ令を受けよ」と。許歴曰はく「請ふ鈇質の誅に就かん」と。趙奢曰はく「後令を胥て」と。許歴復た諫めんことを請ひ、曰はく「先に北山上に據る者は勝ち、後れて至る者は敗れん」と。趙奢許諾し、即ち万人を発して之に趨く。秦兵後れて至り、山を争へども上るを得ず、趙奢兵を縦ちて之を撃ち、大いに秦軍を破る。秦軍解けて走り、遂に閼与の囲みを解きて帰る。趙の惠文王、奢に号を賜ひ馬服君と為し、許歴を以て国尉と為す。趙奢是に於いて廉頗、藺相如と位を同じくす。


C:081:06:趙括と長平の戦い

後四年、趙惠文王卒、子孝成王立。
七年、秦与趙兵相距長平。時趙奢已死、而藺相如病篤。
趙使廉頗将攻秦、秦数敗趙軍、趙軍固壁不戦。秦数挑戦、廉頗不肯。
趙王信秦之間。秦之間言曰「秦之所悪、独畏馬服君趙奢之子趙括為将耳。」
趙王因以括為将、代廉頗。
藺相如曰「王以名使括、若膠柱而鼓瑟耳。括徒能読其父書伝、不知合変也。」
趙王不聴、遂将之。
趙括自少時学兵法、言兵事、以天下莫能当。
嘗与其父奢言兵事、奢不能難、然不謂善。括母問奢其故。
奢曰「兵、死地也、而括易言之。使趙不将括即已、若必将之、破趙軍者必括也。」
及括将行、其母上書言於王曰「括不可使将。」
王曰「何以。」対曰「始妾事其父、時為将、身所奉飯飲而進食者以十数、所友者以百数。大王及宗室所賞賜者尽以予軍吏士大夫。受命之日、不問家事。今括一旦為将、東向而朝、軍吏無敢仰視之者、王所賜金帛、帰蔵於家、而日視便利田宅可買者買之。王以為何如其父。父子異心、願王勿遣。」
王曰「母置之、吾已決矣。」括母因曰「王終遣之、即有如不称、妾得無随坐乎。」
王許諾。趙括既代廉頗、悉更約束、易置軍吏。
秦将白起聞之、縦奇兵、詳敗走、而絶其糧道、分断其軍為二、士卒離心。
四十余日、軍餓、趙括出鋭卒自博戦、秦軍射殺趙括。
括軍敗、数十万之衆遂降秦、秦悉阬之。趙前後所亡凡四十五万。
明年、秦兵遂囲邯鄲、歳余、幾不得脱。
頼楚魏諸侯来救、迺得解邯鄲之囲。
趙王亦以括母先言、竟不誅也。
K:081:06:1:後四年、趙惠文王卒し、子の孝成王立つ。七年、秦趙の兵と長平に相距ぐ。時に趙奢已に死して、藺相如病篤し。趙廉頗をして将として秦を攻めしめ、秦数々趙軍を敗り、趙軍壁を固くして戦はず。秦数々戦を挑めども、廉頗肯ぜず。趙王秦の間を信ず。秦の間言ひて曰はく「秦の悪む所は、独り馬服君趙奢の子趙括が将と為らんことを畏るるのみ」と。趙王因りて括を以て将と為し、廉頗に代はらしむ。藺相如曰はく「王は名を以て括を使ふ、柱に膠して瑟を鼓するがごときのみ。括は徒だに能く其の父の書伝を読みしのみ、変に合ふを知らざるなり」と。趙王聴かず、遂に之を将とす。
K:081:06:2:趙括少き時より兵法を学び、兵事を言ふ、以へらく天下能く当たるもの莫し。嘗て其の父奢と兵事を言ひ、奢難ずる能はず、然れども善しと謂はず。括の母奢に其の故を問ふ。奢曰はく「兵は、死地なり。而るに括は易く之を言ふ。趙をして括を将とせざらしめば即ち已む。若し必ず之を将とせば、趙の軍を破る者は必ず括ならん」と。括将に行かんとするに及び、其の母上書して王に言ひて曰はく「括は将たらしむべからず」と。王曰はく「何の以ぞ」と。対へて曰はく「始め妾其の父に事へ、時に将たりしが、身ら飯飲を奉じて食を進むる所の者十を以て数へ、友とする所の者は百を以て数ふ。大王及び宗室の賞賜せる所の者は尽く以て軍吏士大夫に予ふ。命を受くるの日は、家事を問はず。今括一旦将と為り、東向して朝するに、軍吏敢へて之を仰ぎ視る者無し、王の賜ふ所の金帛は、帰りて家に蔵し、而うして日に便利の田宅の買ふべき者を視て之を買ふ。王以て其の父に何如と為す。父子心を異にす、願はくは王遣る勿かれ」と。王曰はく「母之を置け、吾已に決せり」と。括の母因りて曰はく「王終に之を遣らんとせば、即し称はざるごとき有りとも、妾随ひて坐する無きを得んか」と。王許諾す。
K:081:06:3:趙括既に廉頗に代はり、悉く約束を更へ、軍吏を易置す。秦将の白起之を聞き、奇兵を縦ち、詳り敗走して、其の糧道を絶ち、其の軍を分断して二と為し、士卒心を離す。四十余日、軍餓ゑ、趙括鋭卒を出だして自ら博戦し、秦軍趙括を射殺す。括軍敗れ、数十万の衆遂に秦に降り、秦悉く之を阬にす。趙の前後亡ふ所凡そ四十五万。明年、秦の兵遂に邯鄲を囲むこと歳余、幾んど脱するを得ず。楚・魏諸侯の来り救ふに頼り、迺ち邯鄲の囲みを解くを得たり。趙王、亦た括の母が先づ言ひしを以て、竟に誅せず。


C:081:07:廉頗の死

自邯鄲囲解五年、而燕用栗腹之謀、曰「趙壮者尽於長平、其孤未壮。」挙兵撃趙。
趙使廉頗将、撃、大破燕軍於鄗、殺栗腹、遂囲燕。燕割五城請和、乃聴之。
趙以尉文封廉頗為信平君、為仮相国。
廉頗之免長平帰也、失勢之時、故客尽去。
及復用為将、客又復至。
廉頗曰「客退矣。」客曰「吁、君何見之晩也。夫天下以市道交。君有勢、我則従君、君無勢則去、此固其理也。有何怨乎。」
K:081:07:1:邯鄲の囲み解けてより五年、燕、栗腹の謀を用ふ。曰はく「趙の壮者は長平に尽き、其の孤は未だ壮ならず」と。兵を挙げて趙を撃つ。趙廉頗をして将たらしめ、撃ちて、大いに燕軍を鄗に破り、栗腹を殺し、遂に燕を囲む。燕五城を割きて和を請ひ、乃ち之を聴す。趙尉文を以て廉頗を封じ信平君と為し、仮の相国と為す。廉頗の長平に免ぜられて帰るや、勢ひを失ふの時、故の客尽く去れり。復た用ひられて将と為るに及び、客又復た至る。廉頗曰はく「客退け」と。客曰はく「吁、君何ぞ見るの晩きや。夫れ天下は市道を以て交はる。君勢ひ有れば、我則ち君に従ひ、君勢ひ無ければ則ち去る、此れ固より其の理なり。何の怨み有らんや」と。

居六年、趙使廉頗伐魏之繁陽、抜之。趙孝成王卒、子悼襄王立、使楽乗代廉頗。
廉頗怒、攻楽乗、楽乗走。廉頗遂奔魏之大梁。
其明年、趙乃以李牧為将而攻燕、抜武遂、方城。
方城、幽州固安縣南十里。廉頗居梁久之、魏不能信用。
趙以数困於秦兵、趙王思復得廉頗、廉頗亦思復用於趙。
趙王使使者視廉頗尚可用否。廉頗之仇郭開多与使者金、令毀之。
趙使者既見廉頗、廉頗為之一飯斗米、肉十斤、被甲上馬、以示尚可用。
趙使還報王曰「廉将軍雖老、尚善飯、然与臣坐、頃之三遺矢矣。」
趙王以為老、遂不召。楚聞廉頗在魏、陰使人迎之。
廉頗一為楚将、無功。曰「我思用趙人。」
廉頗卒死于壽春。
K:081:07:2:居ること六年、趙廉頗をして魏の繁陽を伐たしめ、之を抜く。趙の孝成王卒し、子の悼襄王立ち、楽乗をして廉頗に代はらしむ。廉頗怒り、楽乗を攻め、楽乗走る。廉頗遂に魏の大梁に奔る。其の明年、趙乃ち李牧を以て将と為し燕を攻め、武遂、方城を抜く。廉頗梁に居ること之を久しくして、魏信用すること能はず。趙、数ヽ秦の兵に困しむを以て、趙王復た廉頗を得んことを思ふ、廉頗も亦た復た趙に用ひられんことを思ふ。趙王使者をして廉頗の尚用ふべきや否やを視しむ。廉頗の仇郭開、多く使者に金を与へ、之を毀らしめんとす。趙の使者既に廉頗を見、廉頗之が為に一飯に斗米、肉十斤、甲を被り馬に上り、以て尚ほ用ふべきを示す。趙の使還りて王に報じて曰はく「廉将軍老いたりと雖も、尚ほ善飯す、然れども臣と坐し、之を頃くして三たび遺矢す」と。趙王以て老いたりと為し、遂に召さず。楚、廉頗魏に在るを聞き、陰かに人をして之を迎へしむ。廉頗一たび楚の将と為り、功無し。曰はく「我趙人を用ひんことを思ふ」と。廉頗卒に壽春に死す。


C:081:08:李牧

李牧者、趙之北辺良将也。常居代鴈門、備匈奴。
以便宜置吏、市租皆輸入莫府、為士卒費。
日撃数牛饗士、習射騎、謹烽火、多間諜、厚遇戦士。
為約曰「匈奴即入盗、急入収保、有敢捕虜者斬。」
匈奴毎入、烽火謹、輒入収保、不敢戦。
如是数歳、亦不亡失。然匈奴以李牧為怯、雖趙辺兵亦以為吾将怯。
趙王讓李牧、李牧如故。趙王怒、召之、使他人代将。
歳余、匈奴毎来、出戦。出戦、数不利、失亡多、辺不得田畜。復請李牧。
牧杜門不出、固称疾。趙王乃復強起使将兵。
牧曰「王必用臣、臣如前、乃敢奉令。」
王許之。李牧至、如故約。匈奴数歳無所得。終以為怯。
辺士日得賞賜而不用、皆願一戦。
於是乃具選車得千三百乗、選騎得万三千匹、百金之士五万人、彀者十万人、悉勒習戦。
大縦畜牧、人民満野。
匈奴小入、詳北不勝、以数千人委之。單于聞之、大率衆来入。
李牧多為奇陳、張左右翼撃之、大破殺匈奴十余万騎。
滅襜襤、破東胡、降林胡。單于奔走。
其後十余歳、匈奴不敢近趙辺城。
K:081:08:1:李牧は、趙の北辺の良将なり。常て代の鴈門に居り、匈奴に備ふ。便宜を以て吏を置き、市租は皆莫府に輸入して、士卒の費と為す。日に数牛を撃ちて士を饗し、射騎を習はせ、烽火を謹み、間諜を多くして、厚く戦士を遇す。約を為して曰はく「匈奴即し入りて盗せば、急に入りて収保せよ、敢へて捕虜する者有らば斬らん」と。匈奴入る毎に烽火謹み、輒ち入りて収保し、敢へて戦はず。是くのごとくすること数歳、亦亡失せず。然れども匈奴李牧を以て怯と為し、趙の辺兵と雖も亦た吾が将を以て怯と為す。趙王李牧を譲むるも、李牧故のごとし。趙王怒りて之を召し、他人をして代はり将たらしむ。歳余、匈奴来たる毎に、出でて戦ふ。出でて戦ふに、数ヽ利あらず、失亡多くして、辺田畜するを得ず。復た李牧を請ふ。牧門を杜ぢて出でず、固く疾と称す。趙王乃ち復た強ひて起たせ兵に将たらしめんとす。牧曰はく「王必ず臣を用ひ、臣前のごとくにして、乃ち敢へて令に奉ぜん」と。王之を許す。李牧至り、故のごとく約す。匈奴数歳得る所無し。終に以て怯と為す。辺士は日に賞賜を得れども用ひられず、皆一戦を願ふ。是に於いて乃ち選車を具ふるに千三百乗を得、選騎万三千匹を得、百金の士は五万人、彀者は十万人、悉く勒して戦ひを習はしめ、大いに畜牧を縦ち、人民野に満つ。匈奴小しく入る、詳り北げて勝たず、数千人を以て之に委す。單于之を聞き、大いに衆を率ゐて来り入る。李牧多く奇陳を為し、左右の翼を張り之を撃ち、大いに破り匈奴十余万騎を殺す。襜襤を滅ぼし、東胡を破り、林胡を降す。單于奔走す。其の後十余歳、匈奴敢へて趙の辺城に近づかず。

趙悼襄王元年、廉頗既亡入魏、趙使李牧攻燕、抜武遂、方城。
居二年、龐煖破燕軍、殺劇辛。
後七年、秦破殺趙将扈輒於武遂、斬首十万。
趙乃以李牧為大将軍、撃秦軍於宜安、大破秦軍、走秦将桓齮。
封李牧為武安君。
居三年、秦攻番吾、李牧撃破秦軍、南距韓、魏。
K:081:08:3:趙王遷七年、秦王翦をして趙を攻めしめ、趙は李牧、司馬尚をして之を禦がしむ。秦多く趙王の寵臣郭開に金を与へ、反間を為し、李牧、司馬尚反せんと欲すと言はしむ。趙王乃ち趙蔥及び斉の将顔聚をして李牧に代はらしむ。李牧命を受けず。趙人をして微かに李牧を捕得して、之を斬らしめ、司馬尚を廃す。後三月、王翦因りて急に趙を撃ち、大いに破り趙蔥を殺し、趙王遷及び其の将顔聚を虜にし、遂に趙を滅ぼす。

趙王遷七年、秦使王翦攻趙、趙使李牧、司馬尚禦之。
秦多与趙王寵臣郭開金、為反間、言李牧、司馬尚欲反。
趙王乃使趙蔥及斉将顔聚代李牧。
李牧不受命。趙使人微捕得李牧、斬之、廃司馬尚。
後三月、王翦因急撃趙、大破殺趙蔥、虜趙王遷及其将顔聚、遂滅趙。
K:081:08:2:趙の悼襄王元年、廉頗既に亡げて魏に入る。趙李牧をして燕を攻めしめ、武遂、方城を抜く。居ること二年、龐煖燕の軍を破り、劇辛を殺す。後七年、秦趙の将扈輒を武遂に破り殺し、首を斬ること十万。趙乃ち李牧を以て大将軍と為し、秦の軍を宜安に撃ち、大いに秦の軍を破り、秦の将桓齮を走らしむ。李牧を封じて武安君と為す。居ること三年、秦番吾を攻め、李牧撃ちて秦の軍を破り、南のかた韓、魏を距ぐ。


C:081:09:太史公言

太史公曰。
知死必勇。非死者難也。処死者難。
方藺相如引璧睨柱、及叱秦王左右、勢不過誅。然士或怯懦而不敢発。
相如一奮其気、威信敵国。退而譲頗、名重太山。其処智勇、可謂兼之矣。
K:081:09:太史公曰ふ。死を知れば必ず勇あり。死する者難きに非ざるなり。死に処する者難きなり。藺相如璧を引き柱を睨み、秦王の左右を叱するに及び、勢ひ誅せらるに過ぎず。然れども士或いは怯懦にして敢へて発せず。相如一たび其の気を奮ふや、威敵国に信ぶ。退きて頗に譲り、名太山より重し。其の智勇に処すること、之を兼ぬと謂ふべし。