T:『古文真宝』後集
V:01:巻之一
C:01:03:帰去来辞	陶淵明（陶潜）

帰去来兮。田園将蕪、胡不帰。
既自以心為形役、奚惆悵而独悲。
悟已往之不諫、知来者之可追。
実迷途其未遠、覚今是而昨非。
舟揺揺以軽颺、風飄飄而吹衣。
問征夫以前路、恨晨光之熹微。
乃瞻衡宇、載欣載奔。
僮僕歓迎、稚子候門。
三径就荒、松菊猶存。
携幼入室、有酒盈樽。
引壷觴以自酌、眄庭柯以怡顔。
倚南窓以寄傲、審容膝之易安。
園日渉以成趣、門雖設而常関。
策扶老以流憩、時矯首而遊観。
雲無心而出岫、鳥倦飛而知還。
景翳翳以将入、撫孤松而盤桓。
帰去来兮。請息交以絶游。
世与我而相遺、復駕言兮焉求。
悦親戚之情話、楽琴書以消憂。
農人告余以春及、将有事於西疇。
或命巾車、或棹孤舟。
既窈窕以尋壑、亦崎嶇而経丘。
木欣欣以向栄、泉涓涓而始流。
善万物得時、感吾生之行休。
已矣乎。寓形宇内復幾時。
曷不委心任去留。胡為乎遑遑兮欲何之。
富貴非吾願、帝郷不可期。
懐良辰以孤往、或植杖而耘耔。
登東皋以舒嘯、臨清流而賦詩。
聊乗化以帰尽、楽夫天命復奚疑。


K:01:03:帰去来の辞	陶淵明（陶潜）
帰りなんいざ。田園将に蕪れんとす、胡ぞ帰らざる。
既に自ら心を以つて形の役と為し、奚ぞ惆悵して独り悲しまん。
已往の諫められざるを悟り、来者の追ふべきを知る。
実に途に迷ふこと其れ未だ遠からず、今は是にして昨は非なりしを覚る。
舟は揺揺として以て軽く颺り、風は飄飄として衣を吹く。
征夫に問ふに前路を以つてし、晨光の熹微なるを恨む。
乃ち衡宇を瞻て、載ち欣び載ち奔る。
僮僕歓び迎へ、稚子門に候つ。
三径荒に就いて、松菊猶ほ存せり。
幼を携へて室に入り、酒有り樽に盈てり。
壷觴を引きて以つて自ら酌み、庭柯を眄みて以つて顔を怡ばしむ。
南窓に倚り以つて寄傲し、膝を容るるの安んじ易きを審かにす。
園は日ゝに渉りて以つて趣を成し、門は設くと雖も常に関せり。
策は老を扶けて以つて流憩し、時に首を矯げて遊観す。
雲は心無くして岫を出で、鳥は飛ぶことを倦んで還るを知る。
景は翳翳として以て将に入らんとし、孤松を撫で盤桓す。
帰りなんいざ。請ふ交はるを息め以て游を絶たん。
世と我と相遺る、復た言を駕かして焉をか求めん。
親戚の情話を悦び、琴書を楽しみて以て憂ひを消す。
農人余に告ぐるに春の及ぶを以つてし、将に西疇に事有らんとす。
或いは巾車に命じ、或いは孤舟に棹さす。
既に窈窕として以つて壑を尋ね、亦た崎嶇として丘を経。
木は欣欣として以つて栄へ向き、泉は涓涓として始めて流る。
万物の時を得んことを善くし、吾が生の行くゆく休せんことを感ず。
已んぬるかな。形は宇内を寓すること復た幾時ぞ。
曷ぞ心を委ね去留を任せざる。胡為れぞ遑遑として何くに之かんと欲する。
富貴は吾が願ひに非ず、帝郷は期すべからず。
良辰を懐かしみ以て孤往し、或いは植杖して耘耔す。
東皋に登りて以つて舒嘯し、清流に臨みて詩を賦す。
聊か乗化して以つて帰を尽し、夫の天命を楽しみ復た奚ぞ疑はん。